“人間くささ”が溢れたY31セドリック/グロリア
日産がトヨタに追いつけ追い越せ、と言っていた時期は、元気のいいプロダクトがたくさんあった。
代表的な1台は、「セドリック/グロリア」シリーズだ。1960年に初代が登場。そのあと、順調にモデルチェンジを重ね、1975年の4代目(330型)をはじめ、1979年の4代目(430型)、1983年の5代目(Y30型)、そして1987年の6代目(Y31型)にかけて、押しも押されないアイコンとなった。
セドリック/グロリアシリーズの人気を支えていたのは、まさに“元気”だったように思う。消費者にはパワフルなものや見栄えのいいものへの志向が強くあり、それを支える購買力があった時代だ。
とりわけ、ハードトップ・ボディを前面に押しだしたうえ、2.0リッターV型6気筒24バルブエンジンにターボチャージャーを装着し、パワーを売りものにした1987年登場のY31型は、シリーズの歴史を通じてアイコン的なモデルといってもいい。
2.0リッターターボエンジンを搭載したのは「グランツーリスモ」と呼ぶ新設グレード。Bピラーのない軽快さのあるスタイリングをはじめ、バンパー一体型のエアダムやドライビング・ランプなどの装備が目をひいた。
さらに、リアサスペンションがリジッドからセミトレーリングアームを使った独立式になったり、ステアリング形式がボール循環式からラック&ピニオンに変更されたりと、ゼロから設計されたのも大きな特徴だった。
日産は1988年、セドリック/グロリア・シリーズに、ターボの過給電子制御など新技術をてんこ盛りにした「セドリック・シーマ」と「グロリア・シーマ」を設定した。当時の言葉でいうと、シリーズの“イケイケ・ムード”に拍車をかけた。いまでもバブルの象徴として、シーマがメディアに登場するぐらいだ。
当時乗った印象としては、ぜいたくで、かつ速かったという記憶がある。日産が、メーカーとしての地位をワンステップ高めたのは、1989年であると思う。「スカイラインGT-R(R32型)」や「フェアレディZ(Z32型)」、それに日本ではうまくいかなかった「インフィニティQ45」などが登場したからだ。
Y31型セドリック/グロリアシリーズが登場した時期は、ちょうどステッピング・ボードへ足をかけた時だった。だからこそ、乗る人間は、作り手の熱い情熱に触れたような気になったのだ。このときの日産車の魅力はなにかと訊かれたら「人間くささ」と、答えると思う。
迷走から誕生したフーガ
現在の日産車のなかで、セドリック/グロリア・シリーズのヘリティッジを受け継ぐモデルをさがすと、「フーガ」がある。全長4980mmと、セドリック/グロリア最後のY34系より120mmほど伸びた余裕あるサイズの後輪駆動主体のセダンだ。
日産のプレスティージャスなセダンとしては、「シーマ」もあるが、フーガよりホイールベースが150mmも長い3050mmで、どちらかというと、後席に乗るクルマととらえたほうがいいかもしれない。なので、ドライバーを魅了してきたセドリック/グロリア・シリーズの後継車は、やはりフーガだろう。
シーマのドライブ・トレインは3498ccV型6気筒ガソリンエンジン+モーターのハイブリッド仕様(後輪駆動)のみ。それに対してフーガは、おなじハイブリッドユニット以外に、3696ccV型6気筒ガソリン・エンジンと2495ccV型6気筒ガソリン・エンジンが用意されている。価格はもっともベーシックなモデルを比較すると、フーガのほうがシーマより320万円以上も安い。シーマは特別なモデルなのだ。
先代フーガは、2004年にセドリック/グロリア・シリーズの後継モデルという位置づけで販売開始された。当時、「セドリック/グロリア・シリーズが従来もっていたイメージを一新するための名称変更」と、説明していた。
でも考えてみるに、“従来持っていたイメージ”は、クルマ好きにとって悪くないものだったように思う。シリーズ後期のY33型やY34型に問題があるとしたら、それまでシリーズが育んできた、乗ることを楽しむクルマという存在理由を、メーカーじしんが捨て去ったところではないだろうか。
Y32型で頂点に達したといえる、“大型セダンであるいっぽう、走りが楽しい”というイメージをずっと大事にしておいてほしかった。そう思うのは、私だけではないだろう。
1991年に登場した丸型4灯式ヘッドランプを採用したY32型は、無敵と思われた競合、トヨタ「クラウン」を販売台数でしのいだことすらある。それが、やがて迷走するようになり、最後期モデルでは、誰に乗ってほしいと思って作っているのかが分からないモデルに成り下がってしまった。
Y34型のイメージは透明。ただし悪い意味で。トヨタのプロダクトは上手な広告戦略により、ターゲット層が誰にでも明確にわかった。それに対して、日産は不明瞭。
はたして、主婦たちは「おたくのご主人なんでこのクルマ買ったの?」と、隣り近所から訊ねられるのを忌み嫌い、セドリック/グロリア・シリーズを回避した、とは当時、私が聞いたライバル・メーカーの高級車を担当する広告代理店の見解だ。